世良田忠順寄稿

平成16年 一月号
日本よ、大志を抱け
〜平成版・八紘一宇の精神(前編)

 対症療法より根本治療
 大東亜戦争敗北後、六十年近くを経た我が国は、政治、社会、経済、産業、国防、教育、治安、憲法など、ありとあらゆる分野に於いて、破綻の兆候を示している。しかも、それは近々起き始めたことではない。これ迄も、問題は幾度となく発生していたのに、その都度その場限りの誤摩化しにも似た弥縫策を施すのみで、根本的な処置を先送りにして来た結果、今日に至ったのである。言わば、敗戦後の日本は、病気の根本原因から目を背け、表面上に現れた症状を抑えるだけの「対症療法」しかしてこなかったようなものだ。今こそ「根本的な治療」を施さなければ、国家の生命は累卵の危うきに瀕するであろう。
 目下、様々な分野で、専門家がおのおの担当する分野に於ける“治療法”を模索しているが、果たしてそれが根本的な治療たり得るのか、またしても対症療法に過ぎないのではないか、との懸念が生じて来るのを如何ともし難い。人体でもそうだが、特定の症状に有効な薬であっても、副作用が強く、トータルで見た場合にかえって健康を損なう、ということが往々にしてある。専門家による専門的な“処方”も、国全体を見通す大局的な視点を持たない限り、かえって身体を損ねる劇薬の如き作用を齎しかねない。あれこれ薬を飲んだり手術をしたりするよりも、思い切った「体質改善」という道を採る方が、長い目で見れば遥かに健康体となるように、今の日本に必要なのは、各分野における専門人の部分的、かつ限定的な処方箋より、政治も経済も、更には国防、教育、文化、治安に至るまで、全てに通底している病巣を摘出し、分析して治癒せしめるような、根幹を見据えた総合的治療である。要は、日本国の「体質改善」を、第一に目指そうということだ。

 日本精神の復興
 では、何を以て体質改善とするのか。一言でいうなら、それは日本精神の再注入である。
 敗戦後の六十年近くを、日本人は、経済的繁栄、物質文明の利益ばかりを追求し、精神、魂といったものをひたすら貶め、蔑ろにしてきた。国家や民族として持つべき誇りや、崇高な理念、高邁な精神といったものなどは、経済的発展の為には寧ろ邪魔者であるかのように扱ってきたのである。とりあえず儲かれば何でもいい、自分さえ平和で安全で豊かに暮らしていけるならそれでいい----そんな醜いエゴイズムを剥き出しにし、しかも、それを否定したり反省するモラルすらどこかに置き忘れた儘、ただただ目先の損得を追い求める事のみに血道を上げてきたのである。誤解を怖れず言うなら、日本は「武士」の国であるのを辞めて、すっかり「商人」の国になってしまったのだ。
 敗戦後の僅か六十年足らずの間に、日本人は急激に変質した。一人一人の中に当り前のように存在していた筈の「国民道徳」は、殆ど形をとどめぬまでに、どろどろに溶解し去り、かつての正直で勤勉、礼儀正しく謙譲、責任感があって、郷土と祖国を誇らしく思い、義侠心に満ち溢れていた、恥を知る日本人は、極めて稀となった。代わって、「個人主義」「自由主義」などという名を冠せられた思潮に侵蝕された、無責任で無恥、独善的で尊大な、愛国心や公共心の欠如した拝金主義者が巷に溢れた。
 そして、戦後日本唯一の自慢であり、人々の拠り所であった経済すらも、今や青息吐息の体たらくだ。経済のみならず、政治も、産業も、教育も、治安も、全ての分野において、日本人の劣化現象が頻発しているのも、この半世紀の間、精神を軽視してきたがゆえの必然であり、そのツケが、ここに至って一気に噴出しているからに他なるまい。まず以て、日本人が日本人の精神を取り戻さぬ限り、如何なる「名医」が処方を施そうとも、決して根本的治療とはなり得ないであろう。

 日本の長き惰眠
 それにしても、こんなにひどくなる前に、今少しどうにかならなかったのか、との思いは如何ともし難い。警鐘は、それこそ幾度もあった筈ではないか。
 例えば、「生命尊重のみで魂が死んでもいいのか!」と絶叫し、生命よりももっと大切なものがあることを、自らの激烈な死を以て社会に突き付けた、作家・三島由紀夫の割腹事件があった。作曲家の黛敏郎は「三島さんのクーデターは、心ある日本人に覚醒を呼び掛けた、魂のクーデタ−でした」と語った。だが、多くは覚醒どころか、これを狂った小説家の暴挙、或いは妄想と冷笑し、本質から目を逸らして、相も変わらず、ぬくぬくと甘い夢を貪る眠りに耽溺し続けた。
 ちなみに、その三島由紀夫と林房雄との対談、『対話・日本人論』が、一昨年春に夏目書房より刊行されたが、昭和四十一年の刊行以来、ずっと絶版となっていたもので、どういうわけか三島の全集にすら収録されなかったという。目下刊行中の新版全集ではどうなるか知らないが、いずれにせよ、この本を四半世紀以上もの間眠らせていたことと、日本人の長きに亘る平和ボケの惰眠の時間とが、丁度平行して進行していたのは、何とも暗示的に思われる。
 一読して驚いたのは、対談の内容が今も尚「有効」であることだ。真の文学者とはそうしたものかもしれないが、それにしても、二人の慧眼には心底舌を巻くより他は無い。まるで、二十五年も昔ではなく、今現在の、この日本について語っているかのようなのであるから。しかし、言い換えれば、それは日本がこの二十五年間、何も変わらなかったことも意味するわけで、つまるところは、林・三島という具眼の士の優れた“預言”にも関わらず、いっこうに目醒めること無く、「平和」という名のお花畑で惚けたように踊り続けた日本人の、怠惰と愚かしさの証明とも言えるだろう。

 日本は目醒めるのか
 その林が、対談の最後にこんな事を言っている、「敗戦二十年の新憲法教育で、日本人のコア・パーソナリティまで変わったと思うのは甘過ぎます。民主主義の本家のアメリカ人自身、星条旗の下に毎日死んでいっている。アメリカ人の冒険精神と敢闘精神は彼らの父祖がヨーロッパからもって来て、アメリカ大陸で開花させたものでしょう。日本の歴史はアメリカよりも古いのです。民族の性格はそう簡単に変わるものではありません。簡単に変わるものより頑固に変わらないものの方に僕は望みをかけます」----この発言だけは、正直首を傾げざるを得なかった。全体を通し、時には天才・三島以上に舌鋒鋭く、現代の退廃ぶりを予見する慧眼を示してきた林が、最後に至って、随分楽観的な言葉を吐くものだ、と思えたからである。林の発言は、三十年、五十年といった単位ではなく、もっと長い時間軸を念頭に置いた話らしいのだが、少なくとも現在までを見る限り、日本人はすっかり変質してしまったではないか。勿論、私としても「日本人のコア・パーソナリティ」が将来的に劇的に覚醒し、回天の偉業成るのを信じたいが、果たしてその日は本当に来るであろうか。
 三島事件の後も、覚醒すべき機会は訪れた。学生運動、浅間山荘、連合赤軍、よど号ハイジャックへと至る、共産主義思想に汚染された輩の暴走。度重なる謝罪外交、土下座外交の卑屈。自虐史観の蔓延と教育崩壊。兇悪犯罪の頻発と人権主義者の専横。カルト教団が未曾有のテロ事件を起こしても、当の教団を存続させてやる愚行。何百人という同胞が、狂気の独裁テロ国家によって連れ去られても、報復一つ出来ぬ現実----。ざっと思い付くだけでも、これだけ出て来るのだ。小さな事件なら、それこそ枚挙に暇あるまい。それなりに目醒めた人も、以前に比べれば増えているのかも知れないが、まだまだ、多くは眠り続けた儘である。

 政治の怯懦
 国防問題や安全保障の話がいっこうに建設的な議論とならないのも、日本人の覚醒が今なお充分でないことを如実に示している。「軍事」とか「軍隊」と耳にするだけで拒絶反応を起こし、思考停止に陥る愚者も未だに多い。挙句には、「外国の軍隊が攻めて来たら降伏する」などと言い放つ国会議員まで現れる体たらくで、平和ボケの寝言も、ここまで来るとまさに犯罪的だ。
 北朝鮮による日本人拉致、核、工作員の問題、ひいてはテロリズムや自衛隊、憲法及び安全保障の諸問題にしても、いっこうに進展せずに停滞した儘である。この期に及んでも尚、政治は本質に踏み込んだ議論をあくまで避けようとし、巷にはびこる「軍事=悪」といった愚かしい思考の蔓延を、ただ手を拱いて放置しているだけとあっては、もはや怠惰を通り越して、怯懦という他無い。
 それにしても、一体何を怖れているのだろう。左翼マスコミの非難か。中韓からの圧力か。或いは国民の支持率か。どれもくだらぬ。政治家が真に恐れるべきは、現世の有象無象からの非難などではなく、後世の指弾であるべきだ。「歴史の審判」に恥じること無きよう、信念を持って行動するのが政治家ではないのか。戦後政治最大の罪は、国家の根幹に関わるような重大事をタブーとし、議論すらして来なかった怯懦にこそある。今こそ政治家は、かかる怯懦を振り払い、悠久なる歴史と対峙すべき時ではないか。
(この稿続く)





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